ううめるんのあたまのなか

子なし専業主婦の日常や脳内のあれこれを綴りたいと思います

ううめるんのtwitterアカウント作ったよ

ごぶさたしてます、ううめるんです。

なんだかやらないといけない事が多くて辟易としてるところです。

体調も少し崩したのもあってなんだかストレスもたまりがち…。

愚痴を吐きたくてもなかなか難しいときもあってうーん…。

 

 

 

そんな折に気が付いた

ううめるんでいることのラクに気が付きました。

ここでは誰もリアルの私を知りません。

何人かにはブログを始めたことを伝えていますがどこにあるかは伝えていません。

私は話したがり屋で嘘も下手、おまけに脳内をアウトプットする事で整理します。

秘密の話に向かないんですよ…。

ちゃんと頑張りますが喋っていいことあかんこと…ってしてると過剰なストレスがかかるんです。

「誰だってそうやわ…。」って言うと思うんですが、ほんとにダメなんです。

昔に何が秘密のことなのか時間が経って忘れてしまって失敗したことがあるので”あかんこと”に対して人一倍気を張らなくてはいけないわけです。

でもここなら誰のことか分からないし、詳細をぶちまけはしませんが遠回しに言っても察したりする人もいないのでもう少し気をラクにして語ることができる場所だなと感じていることに気が付きました。

独り言では物足りないので、誰かが聞いてくれていることで満足感を得ているわけです。

こうしてパソコンに向かい合って文章を書いている時間はとても落ち着きます。

画面の向こうにいてるたくさんの人たちに語り掛けている気分になれて寂しさも緩和されます。

最近は閲覧数もじわじわ伸びているみたいでとても喜んでいます。

更新頻度が気まぐれなので申し訳ないですが、読んでくれる皆様には感謝しています。

 

 

 

それともう一つ

ううめるんでいることの良さは私のイメージに振り回されなくていいこと。

私は自分に持たれるイメージみたいなものが好きじゃありません。

特に見下されるようなイメージは腹が立ちます。

昔から何やら、能天気、いじられキャラ、変わった人、ぼーっとしてる…

いいように言ってくれる人からは”童顔ほんわか天然ちゃん”と言われます。(もはやこれすら誉め言葉か怪しい)

大人になってからはだいぶこのイメージから解放されていますが、根っこは短気で頭の固い現実主義者。

弱々しく見える容姿と貧弱なことから、表のアカウントで喋っていると「あの子は病みやすいから」と心配され、「また悩んでいるのか」と声をかけられます。

違うねん!!これがストレス発散方法なんや!!病む前に対処してるやつやから心配せんといて!!

大声で叫びたい…。みんな心配してくれてんのにごめん…。声かけてくれるのは嬉しいんやで…。

先日どなたかの記事で、不特定多数の方々はこうして長文を書いたりする習慣がないから驚かれるといった内容を目にしました。

まぁそういうことなんやな…。

然るべきところで語らんとあかんのやな…。と納得しているところです。

私は決して精神病患者なわけではないのですが、こういった要素から勘違いをされてしまうケースが非常に多いのもあって自分がどういう印象を持たれるのか気になってしまうきらいがあります。

ここだと気にしなくてよくてラクです。

本当にのびのびと語っていられて楽しい。

それにそもそも外の世界では自分語りってタブーみたいなところありますしね。

私は聞くのも話すのも大好きなんですけどね…。

 

 

 

というわけで…

長文にするほどでもない事とか、長文にする前の脳内整理みたいな意味も含めていろいろブツブツ言える場所が欲しくて作ったのが今回のアカウントです。

実際こうして腰を据えて文章にするのってすごく時間かかりますしね。

これできない期間ものすごくストレス溜まるんですよ!!

相変わらず自分語りの偏ったことを言うかもしれませんが…。

もしよければフォローください。

自分語りを見てもらうことがストレス発散になるので…。

さて、ストレスすごくて辛抱ならんとあと少し家事置いてきちゃってるので働いてきます。

ではみなさん、Twitterでお会いしましょう!!(グイグイいく)

 

 

 

 

欲しいものが歩いてくると思うのやめへん?

お久しぶりです、ううめるんです。

ちょっと多忙を極めておりました。

他の方の記事を覗くことすらできてません…。

やっと日常が戻りつつあるタイミングで友人から連絡があったので話を聞いていました。

その友人は旦那さんと意見がかみ合わず子育てに不安を覚えているようでした。

そこでいろいろまた脳みそが働きだしたのでちょっと聞いてください。

 

 

私は現実主義の行動派

私は昔から過剰な理想や目標を立てない現実主義者です。

有言実行 初心を忘れない

この二つが私の座右の銘です。

基本的に自分の能力を理解しそれに伴い計画を立てて行動をします。

欲しいものは妥協せず、己の出来うるすべてをかけて掴みにいきますが、自分では不可能だと判断した瞬間に切り替えもできるのであまり過去に後悔を残してきたこともありません。

それはあくまでも”自分の能力で全力を尽くした”という自負があるのでやり切れたと実感して納得することができています。

もちろん計画倒れになることもありますし、万能ではありませんがそれについても”自分には手に入れることのできないものだ”と納得できるわけです。

二つあるうちのひとつ有言実行を大切にしているのは、自分を見失わずに諦めずやりきるためなのかもしれないなと最近思っています。

 

 

 

それ故に理解が難しい

こんな私の嫌いなものは、口だけのやつ、言ってるだけのやつ…。

この世の中にはたくさんいて、こんなこと書くと「それ私だ…」と落ち込ませてしまうかもしれませんが、そんな人がいてることを否定したいわけじゃないです。

恋人欲しいー、綺麗になりたーい、お金欲しいー

大いに結構です。私だって思います。(恋人は大丈夫です)

ただわざわざ私を捕まえて愚痴を漏らすなら行動していただきたい。

「嫌われるのが怖くて行動できない。どうせやっても駄目だからやらない。相手が変わってくれれば快適になるのに。どうして全部うまくいかないんだろう。」

それはあなたが行動しないだけではないですかね?

こう言うとかなり乱暴なことは承知ですがそれに尽きると思うんですよ。

好かれるためには行動するしかない、もちろん行動をするとリスクが伴います。

遠くで見ていれば平和です。何も起きないから。

嫌われるくらいなら何もないを選びますとおっしゃるならそれでいいと思います。

どうせやっても駄目というのは何がダメなんでしょうか…。

本当に根拠があっておっしゃっているんですかね?

失敗が怖いだけじゃないですよね?

相手に変わってもらおうなんて言うのはおこがましいです。

人を変えるには相当の努力が必要ですし、基本的に自分が人を変えることができると思っているならそれは過剰な考えだと思います。

ダメンズにしがみついていた過去のある私は身に染みて思います。

言って行動してくれない時点で期待などしてはいけないのです。

そして前提として、大好きな人がより良い方向に進んでくれるようにと願っているならともかく、自分の利益のために変わってもらうのはとてもひどい思考だと思います。

それ本当に相手に必要なものですか?あなたと相性が合わなかっただけじゃなくて?

このように自分のことを他者に預けて、棚から牡丹餅のごとく振って降りてくるとでも思っているのか?と思わせる発言が大嫌いです。

それでもってこういう事を言う人ほど、ひたすらダラダラ愚痴るんですよ。

勘弁してくれ…。

現実主義の私は言います。

「好かれたいならやるしかないよな!!話進まんし!!」

「根拠ないならやってみたら?経験は宝やで!!」

「半年以上反応ないなら、相手変えるより自分を変える方が早いで!!」

大抵の方は理由をつけて行動できないと説明してくれます。

「いや、じゃあ諦めるしかないんちゃう?」

「やる気ないなら言わんかったらええのに。」

心の中であきれ顔ですね。

仲いい子なら直接言ってしまいます。

だって死ぬまで言うつもりでしょ?

聞いてられへん。

 

 

 

自分で選んだものが手中にある

私はそれなりにややこしい環境で子供時代を過ごしてきました。

大人になってもその余波はあって全てを払拭できてはいません。

でも、本気を出せば恨んでいる”血縁にいてる老人”と縁を切ることはできたかもしれないし、そのうえで自分の理想を追うことだって出来たかもしれません。

でも私は自分の大切なものと天秤をかけてそうしませんでした。

血のつながりに関しては複雑すぎるし軽く言えませんが、完全に切れなくても、影響が出てしまっても、その土台の上で自分がどう選択するかで大きく人生は変わると思っています。

実際血縁関係や家庭の問題で閉ざされる道もあると思いますが、私はそれも私の一部だと認め、自分が努力しても手に入らないものだったと納得することにしています。

それらは私が平均並みの身長で生まれてきて、長身にはなれないことのように変えられない天性のものだったと理解することにしているからです。

私はそれらを踏まえて選択したうえで現在の自分が存在していると思っています。

しかし大人になると家庭環境なんて関係なく自分でしないといけない選択が増えていきます。

つまらないと思う日常だったとしても、恋人からひどい仕打ちを受けていたとしても、人生がうまくいかない時期に差し掛かっていたとしても…

それは自分が選択してきた結果なんだと思うんです。

疲れるとうまく頭が働かなくなることもあると思います。

でも自分を救うのは自分しかいません。

自分が選んだのだから最後行動して選択した責任を果たすのは自分しかいないと思います。

誰に助けを求めてもいいと思いますが、その人に全てを任せてどうにかはなりません。

誰がなんと声をかけてくれようと、誰が救いの手を差し伸べようと、それを聞かないと、その手を取らないと何も起こらないんです。

どうするかは自分です。

それは仕事も恋愛も家族関係もそう、心の自立をさせないといけません。

変化を恐れて立ち止まるのは自分です。それならば変えるのも自分だと思うんです。

なのに、何かのせいにして今の環境に難癖付けるのは行動してからにしてほしい。

すごく頑張っているのに邪魔が入ったならいくらでも悔しいと叫んでいいと思います。

理不尽な邪魔が入ったなら憤るべきです。

ただそれを言えるのは行動した後ですよ。

道を進んでもいないのに行き止まりなんかに遭遇できるはずもありません。

 

 

 

自分の責任は自分で取る

私は子供のころ今はどこにいるか知らぬ実母に「産まなきゃよかった」と言われたことがあります。

そのエピソードで学んだことは、「自分の選択を人のせいにしてはいけない」でした。

彼女は所謂デキコンで私を出産しています。

そしてその当時から夫である私の実父を愛していなかったとも言いました。

からしたら知らないんですよそんなこたぁ。どうでもええねん。

彼女は愛していない彼氏と結婚して子供二人産んで、最後夫からの束縛に耐えられず姿を消しました。

それは全て彼女が選んだことです。

怒られるかもしれませんが、私はその時に私の命を諦めてくれてもよかったんです。

「産んでくれと頼んだ覚えはねぇ」とはこのことです。

本当に理不尽だなぁと思いました。

勝手に産んどいて不幸をうちらのせいにすんのかよ…。

結果彼女の選択により私は妹に出会えて幸福ですが、子供の頃してきた苦労を拭えていないので、産まれてきてよかったとはまだ言えません。

こんな言い方あれですが、苦労してきた元は取れてない。

かといって産まれたことが不幸だと言っているわけではありませんよ。

子供には親のことや家庭環境を自ら変えるなどほぼ不可能だと思っているので、子供の頃してきた過剰な苦労や不幸な経験は”理不尽”の枠に当てはまっていると思っています。

今結婚して幸福なのは私の努力と夫と応援してくれている周りの人や家族のおかげなので、産まれたおかげで幸福なのではありません。

なので逆に今不幸だったとしてもそれは産んだ実母のせいでもありません。

全ては私の選択であり私の管理下にあるものです。

私を攻撃する者がいれば私が戦います。

私に欲しいものがあれば私が掴みます。

私が誰かに救ってもらえたなら恩を返すのもわたしです。

人生の伴侶を選ぶという事は互いの人生を預け合うという事です。

ならば私は私の人生をよりよくするために同じ方向を向いて進める伴侶を選ぶわけです。

自分が選んだ伴侶への責任はしっかり私が負います。

私のことは私が決めます。

誰のせいにもできませんし、しません。

それを忘れて周りに恨み言を吐く人間は好きになれません。

 

こんなにたくさん苦労し思い悩み進まなくてはいけないのだから、生を受けるということはとても理不尽だと思っています。

こんなに苦労するけど産まれたい?って聞かれて選択できたらいいのに…。と何度も思いました。

なので私が子供を産むときはそんな理不尽を結果いいものに変えられるように全力で手助けしたいと思うんです。

それは子を産む親の義務だと思います。

だからこそ配偶者の見極めも必須で、感情のみで決めてはいけないと思うんです。

私は子供を産んで自分の人生がどうねじ曲がろうと子供のせいにはしたくありません。

でもそんな自信がないから子供が欲しいと思えずにいます。

私にそれを乗り越えられる日が来たらきっと産む選択をするんでしょう。

少し話が逸れましたが、私の強い思いは伝わったかと思います。

 

 

 

 ちょっと熱くなりすぎました

友人は真剣に悩んでいますが私がヤキモキしてしまって良くなかったパターンやったんです…。

ただお母さんになってんからそんなん言うてる場合やないやろ…。

みたいなこともありきで本人には言えませんでしたが電話を切った後爆発しましたね。

今はちゃんと解決に向かって頑張っているようなのでもう少し応援したいと思っています。

以前からちょいちょい出会う迷える子羊たちに鬱憤がたまってたんでしょうね。

すっきりしました。

さて、お風呂入ってこよーっと!!

 

 

 

 

 

 

 

生き辛いんやぁぁぁ。

こんにちは、ううめるんです。

何やら昨日PCの調子がすこぶる悪かったのですが何だったのでしょう…。

そのせいで更新を諦めました…今日も少し重い気がします。

私は機械に弱いのでそのうち夫に見てもらおうと思います。

それはそうと、ブログのデザインを変えてみました。

いかがでしょうか?

他の方のブログを拝見させていただいたときに、今右にあるプロフィールとかのやつ(名前は知らない)があると著者の情報が見やすいなと感じたんですよね。

実用性以外では前のデザインのほうがすっきりしていて好きなんですが、とりあえず一旦これで行こうかなと思います。

全然関係のない話をしてしまいました。

まぁゆるりとまいりましょう。

 

 

 

喋るって難しい

昨日仕事終わりの妹とオンラインでゲームをしていたのですが、ぽちぽちモンスターをやっつけながら会話に花が咲きました。

妹には比較的包み隠さず話をすることができますが、やはりある程度言葉も選びますし、相手の聞きたくない話題を避けたりします。

それ自体はいいのですが、心の中の汚い部分とか汚い言葉、暴言や暗い気持ちを吐き出したくなることがあります。

私はそのためにこのブログを始めたはずなのに、誰かに読んでもらいたいと思うとやはり好き勝手言いすぎないようにブレーキをかけてしまいがちです。

誰かを傷つけたいわけではないのですが、私の感性や言葉選びは人よりも誤解を招くことが多いようなんです。

思考を深めてしまいすぎるので複雑になってしまい、しっかり説明をしないと表面上の表現では理解されない、そして誤解を生むというのが原因かもしれません。

例えば、「子供が産まれること自体が一概に幸福だと思えないので、おめでとうと素直に思えない。」という考えをこじらせて子供を欲することができないのですが、これは相手を不快にさせる表現だと理解しています。

なので、「母子ともに無事なこと、念願叶って授かったというのはめでたいが、この子が産まれたこと自体が本当に幸福なことかは、この子のこの先の未来で決まると思う。だから親は産んだ後も精一杯子供について考え育てるべきだ。」この責任感に囚われてしまって子供をつくることに抵抗感があるのだ、というところまで説明しなくてはなりません。

これでも理解できないし不快になる方もいるかもしれませんが、私の感性なのでご容赦ください…。

これは私の過去のトラウマがそうさせているのですが、世にいう大多数、一般的な思考でないことは確かです。

私は自他ともに認める変わり者のひねくれ者です。

話して誰かに理解をしてもらえるという事はなかなかありません。

そして思考を深くまで巡らせることも大好きです。

先ほど言ったような”なぜ子供が欲しいと思うのか””なぜ産まれてくることがめでたいのか”や、”結婚式はなぜ必要なのか””なぜウェディングドレスを着る必要があるのか”など、深く考えなくてもいいようなことを悶々と考えてしまいます。

これをもっと深めていくと、結婚式をしている自分を想像して「なんだこの茶番」みたいな気持ちになります。(ほかの方の式を見てもなりません)

それに加えて人と自分の違いが面白いと感じるのでなんでも喋りたくなって、掘り下げたくなってしまいます。

ただそれをすると反感を買ったり、相手を不快にすることがあるんだと大人になって学んだので理解してくれる人以外にはしないようになりました。

ひどいときには私の意見や感覚は変わっているという理由から、異端者としてネタにされることもありとても居心地が悪くなることもありました。

きっと探せば世の中には私と同じような人もいてるんだと思いますが、私の周りにはあまりいませんでした。

多様性の時代にこの言葉はどうかと思いますが、世の中にはびこる”一般的””普通”の概念に当てはまらないタイプの人種なのかもしれません。

 

 

 

普通ってなんだ

恋人が欲しくなる、異性を好きになる、適齢になれば結婚をしたがる、ウェディングドレスを着たがる、結婚式を挙げたがる、結婚をすれば子供が欲しくなる、そもそも子供は無条件にかわいく見える…

他にもたくさんあると思います。

時代にそぐわないと分かっていますが、これらは私が実際に聞いたり言われたりして違和感を覚えた言葉たちです。

私の周りには同性の方を好きになった人が数人いますし、恋人を必要としない人もいます。

私は元々結婚にいいイメージもなかったし、ドレスへの憧れもありません。

結婚式を挙げるならそのお金で欲しいものを買いたいと思うタイプです。

そして今は子供を欲していないし、将来は今いてる小さな家族の介護をしっかりしてお別れした後にポメラニアンの子犬を迎えたいと思っています。

次の月曜日ウェディングフォトを撮りますが、実父はギリギリまで私が本当は式を挙げたかったんだと思い込んでいたようですし、今も思っているかもしれません。

以前の他の記事で書きましたが、結婚したと聞くと当たり前のように「子供はができたら大変やでー」と言われ、考えていませんというと「子供かわいいよ!!今かわいくなくても自分の子はかわいいよ!!いたほうが幸せ!!」

子供が欲しい人たちってこう思ってるらしいでー、すごいなーと話をすると「悩まなくていいんだよ!!あなたはあなたでいいんだから!!」と力説していただくこともあります。

心配していただいてるのはわかりますがそもそも悩んでない…。

女子会で「変わっている人とは結婚できない!!」というので、変わっている基準は?と聞くと「自分を常識的だと自負しているのでそれが基準!!」と胸張って言う人もいました。

実際異端者扱いされることに悩んで無理をしたこともあるんですが、今は抜け出して「私は私ー♪あなたはあなたー♪」という感性を大切にしながら生活しています。

どうして同じでいたい、同じでないといけない、となるのでしょうかね…。

 

 

 

何が言いたいかというと

理解はしていらないから放っておいてほしい。

意見交換は大好きです。

私は変わり者だと言われる自分の感性が好きだし、変わり者と言われることも嫌いではありません。

ただ否定しないでほしいし、何も悪いことをしたり道を踏み外そうとしてるわけじゃないんだからそっとしておいてほしいんです。

その思考は自由にしていただいていいんですが、巻き込むのはやめてほしい…。
でも”はみ出ることがいけない事”というのが常識とされるなら、その人の中では道を踏み外すことになっているのかもしれません。難しい…

私は人の感性を受け入れる許容が広いタイプなようなので、人を見下したり蔑んだりしないなら大体のことは「そういう感性もあるんやなぁ」と認めることができます。

私にない感性でも人を攻撃しなければ存在していいと思っています。

ただそうさせてくれない人が世の中に多いし、私は私で自分の一生懸命積み重ねてきた考えや価値観を大切にしたくて嘘をつけない…。

それでもって一生懸命考えたんだから、このややこしい気持ちをどこかに残したくて人に話したくなるんだと思います。

なのでここにながーーーーーい文章を打っているわけなんですよ。

これね、気軽に共感してもらえる感性ばっかりだったらこんな悩まなくて済んだのかと思う時があるんです。

皆と一緒に子供欲しいかわいいって言えたら、ウェディングドレスこんなのに憧れるって言えたら、終わりのない質問攻めと説得される時間はなかったかもしれないのに、世に言われる流行の顔を好きになれたらB専キャラにされなくて済んだのにとか…。

まぁこれもただの愚痴にしかならないんですけどね。

私の感性を黙って聞け、お前も話せなんて傲慢なのも分かっていますからね!!

こうやって言ってたら大体気にしすぎとか、考えすぎとか言われるんですよ。

それすらも許されねえのか、考えたくて悩む奴なんかおらんわい…。

それでもってこういう生きづらさを感じているのは私だけじゃないのも分かっていますし!!

 

そんな一般論も私も含めて全部に捧げます…

あーーーーーめんどくさい!!

あーーーーーやりづらい!!

 

 

 

息抜きしたいー。

こんにちは、ううめるんです。

なんだか気づいてしまったんですが、私のブログ基本的に長い…?

いや、吐き出すところにしてるからええんやけど、人に読んでほしい態度やないのでは?

みたいな気持ちになっていて…。

(かと言って重めの内容書くときは短くするつもりがない)

 

 

多忙です。

気がめいっています。

先月から身内の結婚式や小さな家族の通院からの手術、そして五日後に私のウエディングフォトが待っています。

なのに先週から夫が二週間休みなしで出勤していて帰りはほぼ終電、毎日青い顔で帰ってきます。

そんなんで写真大丈夫かいな…。

てか普通に倒れないか?

三連休は死守しているらしいのでそこで回復するらしいです。

毎日送り出すのもソワソワするし、一人でこなさないといけないことも多いし、家にこもる時間も長い。

鬱々するので、忙しいながらも空いた時間にいろいろ気を紛らわせようと新しいメイク研究してみたりこうして文章に起こしてみたりします。

いや、寂しいです。

来週からは落ち着くそうですが本当かなぁ…。

ていうかこういう軽い文章打つのって気が楽ですね。

私いつも配慮のいりそうな暗くて重いことばっかり書くから。

なんだかお隣さんに話しかけるような気分です。

 

 

話しは変わりますが

今週ずっとケンタッキーが食べたいんですよね。

月末やし夫の帰りも遅いので我慢してるんです。

ありますよね、ジャンクフードが無性に食べたいとき!!

私はマクドナルドとケンタッキーが好きなんですよー。

マクドダブルチーズバーガー美味しいですよねー。

…。

あー、人と喋りたい。

こんななんのこともない会話がしたい。

最近は会話する時間も少ないので夫の仕事の話を聞いてるか、決め事の相談くらいしかしてない気がする。

でも友人と電話したり会ったりするほどの時間も取れない…。

で、昨日今日はここで発散してます。

 

さて、ちょっとすっきりしたし家事の続きしてきますね。

まだまだやること残ってます。

いってきまーす('ω')ノ

 

 

今日はお出かけしています

こんにちは、ううめるんです。

私は今電車に揺られて移動中です。

先ほど乗り換え駅で迷子になって駅員さんに声をかけたらぶっきらぼうにお答えいただきましてビビってます。

 

初めてスマホから更新してます

スマホで打ってるのでフリック打ちがもどかしいですね…。

最近はPCで長文を打つことが増えているので混乱する事があります。

Twitterを開いてもいいのですがまたベラベラTLを埋めそうなのでこちらに来ました。

今日はお家の小さな家族が入院しているので動物病院までお見舞いに行ってきます。

術後初対面でちょっと緊張しています。

毎度夫に車を出してもらっていたので電車で行くのは初めてなんです。

1時間ほど揺られたら到着できるみたいですが、車を買ってから電車移動はずいぶんしてなかったのでドキドキしちゃいます。

 

 

外に出てみると

私は今専業主婦なのでほとんどの時間を自宅で過ごしています。

夏は具合も悪かったので丸2ヶ月ほどほとんど家から出ませんでしたし、涼しくなって調子が良いのがとても嬉しいです。

電車に乗ることなんて何のこともありませんでしたが、今の私にとっては見るもの全てなんだかキラキラして見えます。

いつもと違う風景を見るだけでワクワクします。

ただどこを見ていたらいいのか分からなくなったので今スマホと睨めっこしてます。

なんだか外の世界に人見知りしてるような気分です。

 

あ、乗ってていいのに降りちゃいました。

勝手に地下鉄に変わるタイプの電車だったみたいです…。

てっきり地下鉄に乗り換えるのかと思って…

まぁ時間はたっぷりありますからね、ゆっくり行きます。

元々電車はあまり乗らないのでこういうことがよくあります。

ついでに方向音痴でもあります。

1人で出かけると一回は迷うので早めに出るようにしています。

自分を理解して対応しているんですね‼︎(強めに言っとく)

乗り換えはあと一回です。

やっぱりドキドキしちゃいますね。

 

話は変わりますが

インフルエンザが流行ってるそうですね。

お家を出るまで覚えていたのにうっかりマスクを忘れてしまいました。

コンビニでちょっといいやつを買いましたが悔しいですね…

一箱予備で置いてまでいるのに…

こういう事ってままありますよね。

私は旅行前の忘れ物ないかな?の不安も「お金があればどうにかなる」と言い聞かせて出かけてしまう事すらあります。

大人になってしまった…と思うと同時になんかいけない大人になってないか?とも思っちゃいます。

 

次は改札出なくていいのに出ちゃいました。

ちゃんと手前の駅からスマホは乗り換えの案内画面を開いてるんですよ。

出てきて切符を買いなおす私を見て駅員さんが心配そうにこちらを見ていました。

なんだかすみません。

でもなんだか楽しいです。

家の中では迷子にもなれません。

でもすでにちょっと疲れてきちゃいました。

まだ到着もしてへんのに…

 

 

あれ?

そういえば地下鉄ってこんなに電波良かったでした?

私が地下鉄を毎日使っていた学生の頃はすでに5年以上は前ですからいろいろ変わっているのかもしれませんね…

唐突ですがちょっと見知らぬ土地すぎて電車合ってるのか不安になってきました。

辿り着けなかったらどうしましょう。

 

調べてきました

あと3つほどで到着のようです。

よかったぁ…。

さて、そろそろ到着です。

ここからは徒歩でドキドキです。

行ってきます。

 

 

帰宅して一息つきました

小さな家族はピンピンしてました。

一安心です。

今日は具合がすこぶる良かったので寄り道して帰ってきちゃいました。

そういえば、文字色と大きさってアプリでは変えられないんですね。

safari開いてスマホでいじるは時間なかったので帰宅してからの更新になってしまいました。

さて、今日はぐっすり眠れそうです!!

おやすみなさーい!!

惚気を言います。聞くの好きですか?嫌いな人もぜひ…

こんにちは、ううめるんです。

「なんかブログ始めて暗いことばっかり言ってんなぁ…」と思っていました。

思いついた事を下書き欄にチャチャっと書き込んでおいて、後から「今日はこれ書こう!!」のテンションなのでやはり吐き出したいテーマが並ぶと全部暗いんだな…

まぁポジティブなようでネガティブな動機からから始めたんだししゃぁないかと心の中で言いつつも、記事の管理画面開いたりするとちょっとへこむので明るい話題を…

今日はのろけようかと思います。

聞くの嫌いな人は読み飛ばしてもらっていいですよ!!

しかしちょっとでも頑張って読んでくれたらより内容濃くなる気がします。

 

 

 

夫が好きすぎてもはや毎日つらい

私たち夫婦は自他ともに認める共依存カップルです。

お互いの容姿、性格共に大好きと会社や友人にも恥ずかしがることなく公言します。

美男美女と胸を張って言えるような容姿なわけではないのですが、幸運なことに互いのツボにハマる容姿に産まれてこられたようです。

私が一目惚れした話は以前にもどこかで触れたかと思いますが、実は夫もそう言ってくれています。

私たちは高校の同級生なのですが、三年生の時に同じクラスになっています。

その年の行事で交流があり、その時に私の笑顔が素敵だと思ってくれたそうです。

今もそうですが、夫はシャイなので彼から話しかけてくれることもなく…。

高校時代の夫の淡い恋は一旦そのまま終わりを告げるので、私はお付き合いするまでその事実を知りませんでした…。

私は大人になって再会し、様変わりした夫に一目惚れです。

私は世にいう肉食系なので猛アタックの末にお付き合いにこぎつけました。

すでにいい印象を持たれているとは知らずそれはそれは必死でした…。

思い出すと恥ずかしくなりますね。

その時から夫の顔に長い手足、穏やかな雰囲気、優しい声が最高に好きで100点でやばいしやばいんですよ!!!

やばい…

交際期間も両家公認でほぼ私実家で同居状態を四年、結婚して半年越えましたが、今でも毎日隣にいる彼を横目で眺め、「顔がいい、なぜそんなに顔がいいの?私のためにカスタマイズされてきたの?義実家に感謝しかないわ…」と夫に語り掛け、眠れぬ夜は一度眠るとなかなか起きない夫の寝顔を写メに収め無理やり体勢を変えさせて腕枕で眠ります。(夫も最初は照れていましたが最近は少し慣れてきたようです)

最近夫の写真集作りました。夫だけが載ってる20ページくらいのフォトブック

いや、好きな顔と生活するってこんなに幸福なんですね…。

どれだけ容姿が好みでも性格や会話の相性が合わなければ好きになれなかったので、容姿が好みの人とパートナーになったことがなかったんですよ…。

しかも運よくこんなにドストライクな容姿…。

メンクイと公言して語る友人の気持ちが初めて分かった気がします。

その上に、優しく温厚で人当たりもよく静か、なのに好きなことに一生懸命で尽くしてくれる人…。しかもちょっと天然でかわいい。

そんな人が私を好きで恋人になってくれて結婚までしてくれるなんて…。

奇跡ですよ。幸福がすごい。100点。

そら腹が立つこともありますが、毎回私の言葉にしっかり耳を傾け向き合ってくれるので大きな問題になりません。とっても努力家なんです。

すごいでしょう?なんかもう好きすぎて恋愛フィルターかかりまくってるのかもしれないとも思うんですが、もはやなんでもいい。だって最高だから。

しかもですよ?

互いの趣味に理解がある、共通の趣味もあるので最高の友人でもあります。

休日とか家にいてるだけやのにめっちゃ楽しい。

その上に悩み相談もしあったりできて最高のパートナーですよ。

いや、あの時本気で口説いてよかった…。

奥手な夫の薄い反応にめげずに距離詰めて本当に良かった…。

ていうか夫が私に好意がなければグイグイいきすぎて相当やばい人だった可能性がありましたし…。

そこも含めて相手が夫でよかった…。

私は今最高に幸福です。

 

 

 

一通り話したところで…。

ここは私の頭の中です。

ただ惚気を吐くだけでは(私が)終われません。

「もうええよ、また暗いこと言いだすやろ?」

って人はこのままスター付けていってください!!

ついでに惚気しか聞いてませんってコメントもらえたらめっちゃ面白いです。

 

さっきのガチ惚気最後まで読んでここにいる方たちはきっと私に共感してくれるかな?

無理だった人のうちの数人に私は今喧嘩を売ろうとしているかもしれませんが、冷静になってください。

先に言っときますごめんなさい。

さて、行きましょう!!

 

私は惚気を聞くのも話すのも大好きです。
しかし、なにやら惚気を話すことがタブーといった空気がところによりあると感じています。

これが悲しいんです。

私は恥ずかしくないので、休日について聞かれると昔からベラベラと平気で「彼氏と出かけたー、これして遊んだー」と喋ってしまいます。

彼氏かっこいいとか仲良くてーとか言ってません。

そこのこれが楽しかった面白かったと話しただけです。

しかしこれすら惚気だと言われることがあります。

これは友人だったのですが「なんで惚気聞かなあかんねん」みたいな…

「いや、休日なにしたか言うただけやん!!」と少々憤慨してしまったのですが。

もちろん失恋したと苦しんでいる人の前でわざわざ話すことはありませんし、聞かれてもいないのに脈絡なく話すこともありません。

聞くのが好きだと言っても恥ずかしがる人に強要することももちろんしません。

もはや何が惚気なのかわからないことがあります。

今言った友人は付き合いも長く、お互い恋愛の話をし合う仲で、比較的思ったこともストレートに言ってくれる子なので「何が惚気やってんな、なにがあかんのや!?」と聞くと

「仲良さそうなことは総じて惚気で、今私にパートナーがいてないし羨ましくなる!!」と素直に答えてくれました。

私は人にそういう感情があるのをこの時初めて知りました。

彼女はなんだかんだ本当の惚気を笑って聞いて祝福してくれるんですよ。

彼女だってパートナーがいてたらたくさん惚気てくれるのでめっちゃ楽しい。

 

 

 

もはやどうしろってんだ

私は会話に出てくる人物を具体的に言ってしまうことがあるので、彼氏ができると昔から彼氏大好きな人認定されがち…。

友達少ないから彼氏の出現率高いだけなのもあるんですけど…。

あとは彼氏について聞かれれば謙遜などせず褒めちぎります。
私は好きなものを好きと素直に言えるのは私の長所だと思っています。

しかし素直すぎてか嘘もつけないので、傷つけるような表現をしないように気を付けはしても、ぼやかしたり適当な言い回しなどが苦手で世渡り上手ではありません。

このせいで仲良しアピールになって思ってもないところで不快にさせることがあったのかもしれない?と少し悩んだのですが、そんなのやってられなくないですか?

”家族と行った”なら何も言われないのに”彼氏と行った”だけでもうそこしか聞いてない

いや、ちゃんと話聞けよ!!

だって最低限の配慮はしているしマナーも守ります。

それにそういうこと言ってくる人の前では”彼氏”は封印です。

大人数の呑み会なんかに参加してるなら知りませんけどね。

しれっと遠い席に座ります。(自己防衛)

その人のためだけに配慮とかしきれませんし…。

傷つく人がいるかもしれないと気を付ける必要はあれど、妬みや僻みで自分に攻撃してくる人に過剰な配慮をするメリットがわからないのです。

「わざわざ言う必要ないやん、余計なこと言うからやん」

と言われるなら

「逆にそんな細かいとこ聞いてんとうちが行った博物館の話を聞けや!!そっから先”彼氏”というワードが出てきたんか!?虫の話しかしてへんやろが!!」

まぁ…私の話が面白くなかった可能性が出てきましたが…。

そういう人たちは自分がその時家族と喧嘩していたら家族旅行の話をしたら怒るんでしょうか?

今日のランチがいまいちだったら美味しいランチの話をしたらブチギレですか?

なんとなくわかってます、ひけらかしているように聞こえるんでしょう。

まぁそんなん言われてもですけど…

私はゼロではないかもしれませんが、妬みや僻みで人を攻撃した記憶があまりありません。

羨ましいと思えば努力をするし、それが自分に手に入れられないものならその人の長所によって手に入れたんだな、私にはないその人の素敵な部分だな。と納得できます。

これを言っていいのか分かりませんが、正直に言うと攻撃してしまう人の気持ちがわかりません。

幸福だ、好きなものがある、と大きな声で言うと批判や僻みの対象になることがあります。

「そんなネガティブな方向にエネルギー使ってる暇があるなら他にできることあるやろ?」と思ってしまうんですよ。

「そんなもん君が前向きで努力出来る人やからやろう」とそれにすら文句をつけてくる人もいますが、それやそれそれ!!それがもう悪循環

ちょっと暴言になるかもしれませんがいいですか?

 

君らが自分に自信がないから、自分に納得できてないからって八つ当たりすんのやめてくれよ!!うちは努力して手に入れたんや!!

君らみたいにブチブチ言う時間を、前に進むための時間に使って手に入れてんねん!!

どれだけ僻んでも自分の手の中にあるものがすべてやねんから…

欲しいなら掴みにいかんかい!!!!

 

いやもうこれに尽きるでしょ!!

別に彼氏いてないからって私がその人を批判することはないし、自分になくて相手にあるものは褒めたりもするわけです。

その人は私の持っているものが欲しくて攻撃してくるんですから私のしている行為はあまり意味をなさないのかもしれません。

「そういうことじゃない!!」と一蹴されるかもしれない。

でもここまで来たらもはや彼氏だけに限定しませんよね、財産、容姿、ほかにもいろいろあるでしょう…。

これを読む人たちが攻撃してしまう人なのかは分かりません。

私に共感してくれる人もいてるだろうと思います。

なんでもいいんですよ。

ともかくみんな人をむやみに攻撃するのやめよう!!

そんなことのために幸福な人が幸福だと言えないのが嫌なんですよ!!

 

共感してくれる人たち!!

そのまま幸福を声に出していきましょう!!

その方が幸福を実感できるし前向きになれると思うんです!!

 

攻撃してくる人たち!!

嫌なことにばっかり目を向けるから過剰に不幸かと思い込んでるだけかもしれませんよ!?

しらんけど!!

でも絶対自分の掴んだものがあるはずやと思うんですよ!!

それ忘れて攻撃してる行為は自分を不幸にするんですよ!!

何のメリットもないやん!!

何でもかんでも突っかかって相手も自分も不快とかもはや何がしたいねん!?

目を覚ましてほしい!!

 

 

 

結局吐き出しブログやーん

私は最近心に余裕があるので、もはや言われて自分が悲しいとかじゃないんですよ。

相手が辛そうなのが透けて見えて悲しい。

でも八つ当たりしてくるようなやつ、相当信頼関係ない限り関わりたくないから

「なんかしらどうにかなって届いてねー!!」って願いを込めてここで吐いてるんです。

「なんなら悩み聞こうか?攻撃してきてるしうちに言いたくはないやろけどな…。」

みたいな気持ちになることもあります。

でもやっぱり攻撃してくる人怖いもん。いややわ…。

でも一回ちゃんと自分を見つめ返してほしい、話せる相手がいるならあなたの良さを言ってくれる人がいてると思うんですよね。

それを信用できないほど病んで抱えているなら、じっくり時間かけても自分を褒めてあげてください。

誰でも絶対、なにか耐えたり頑張ってきたりして手に入れたものあると思うんです。

私に突っかかってきた人たちは何かうまくいかなくて苦しんでいる人たちだったので。

まぁ「顔も知らない話したこともない人に言われても」って思うかもしれませんが

私はそんな人たちに少しでも楽な気持ちになってほしいと思うし、私だけじゃなくてこれ読んでくれてる方たちの周りにもそう思ってくれる人がどこかにいてるかもしれないなって思うんですよ。

 

まぁ良く知りもせんとベラベラすみません。

要するに言いたいのは、

みんな各々自分に合った幸せつかもうぜ!!ってことですわ!!

 

 

 

子なし専業主婦になった自分の価値ってなんやろか その2

こんにちは、ううめるんです。

こちら”子なし専業主婦になった自分の価値ってなんやろか1”の続編でございます。

なんか思いのほか内容が重くなってしまったんですが私の価値観と専業主婦になった経緯を書いておきました。

このままでも読めなくない感じにしていこうと思いますが、ぜひそちらを先に読んでいただければ幸いです。

 そしてしっかり貼っときます↓↓↓

uumerun.hatenablog.com

 

 

まず、

皆さんは家庭での自分の役割や立ち位置についてどのくらい考えたり悩んだりしたことがありますか?
もしくはパートナーと話し合ったりすることはあるんでしょうか?
私は比較的に”考える””話し合う”ということが好きなので一人で考えたり、夫がどのように考えているのか尋ねてみたりをよくします。

それに加えて感覚で理解するのも得意ではないので”根拠”や”説明”というのも大好きです。

夫も似た感覚なので、我が家ではこういった価値観を”理詰めの人”と名付けて勝手に自分たちをカテゴリー化しています。
そうして家族会議や脳内会議で”私の価値”を確認したりします。

ここでいう”私の価値”は夫や家庭に対してどれほど貢献し、”私と一緒に生活する利点”を生み出せているかという基準になります。

これをよそで話すと、「契約結婚でもしたんか?」と心配されますが安心していただきたい。

私は愛情がなければこんなことできません…。

 

 

 

専業主婦のメリット

さて、本題っぽくなってきましたね。長かった。すみません。

私たち夫婦は私の体調管理を除いたとしても、専業主婦に大きなメリットがあると思っています。

それはざっくりこの三つ…

  1. 家事をくまなくすることができる
  2. 心の余裕が生まれる
  3. パートナーのフォローを全力で出来る

まぁ…せやけど…みたいな反応が画面越しに見えるような気がします。

ひとつずつ掘り下げていきます。

 

1.家事をくまなくすることができる

「こんなんあたりまえやん!!」と言われてしまうかもしれませんが、私としてはとても大きいです。

私はもともと細かいことが気になるタイプで掃除をこまめにしたくなるんです。

働いていたときに帰宅して掃除が行き届いていない室内を見るのが嫌で仕方なかった…。

実家にいてるときには毎日掃除機をかけたい…洗濯機もたくさん回したい…とストレスに感じていました。

その気質が専業主婦になってとても役立っていて、こまめに洗濯されるお布団、週一回は大掃除される水回り、しっかりメンテナンスされたエアコンや空気清浄機、テレビの裏にすらホコリがたまることはありません。

食事を作るのはそんなに得意ではありませんが、なるべく季節を意識して、夫の好みのものを用意し、野菜を中心に出すように心がけています。

夫は卵アレルギーもあるのでお弁当も冷凍食品はあまり使いません。

当たり前かもしれませんが、働きながらこの工程を両立するのはすごく大変かと思います。

 

2.心の余裕が生まれる

これは個人差もあるとは思いますが、貧弱な私は効果てきめんでした。

妹には、「結婚して仕事辞めてから驚くほど穏やかになった、今のおねえが一番好きかもしれない…」とまで言われる変貌です。

日々闘っていたという表現がしっくりくる精神状態と生活から解放されたからだと思います…。

夫の帰宅に合わせて動きますが、基本は自分のペースで家事をこなせるので焦りもあまりありませんし、体調的にも人のペースに合わせるとどうしても無理をしないといけません。

元から自主的に動いたり、自分で計画を立てたりすることは好きなので無理なく予定を立てられる今の環境は助かっています。

これは健康であっても変わらないと思っています。

心に余裕が生まれると相手を思いやることができる、それによって相手も自分を思いやってくれる…

このサイクルは夫婦ともに実感しています。

 

3.パートナーのフォローを全力で出来る

我々夫婦が今一番この形にしてよかったと思っているのがこれかもしれません。

帰宅したらしっかり休息を摂れるように環境を整えることはもちろん、仕事に疲れた夫の愚痴や悩みを聞き、時には間違いを正し、優しく(?)慰めます。

仕事が遅くても待っていてあげられる、終電を逃せば何時であっても迎えに行きます。

私たちは沢山話し合いたい夫婦なので、夫の動きに柔軟な対応をできる体制が会話の時間を確保することにも繋がり、コミュニケーション不足の回避にも大きく貢献していると感じています。

忙しく働いていたら自分に心身の余裕がないことにすら気が付くことが難しいこともあるかと思います…

そんな時も夫がどんな様子かしっかり見定め、必要があれば食事の内容を変えたり、声掛けなどをして気遣うよう心掛けています。

あとひとつ私たちは共通の趣味がゲームやアニメ・映画なのもあり、趣味友達でもあるので、帰宅すれば遊び相手がいるというのも大きなストレス発散に繋がっている要因かなと思います。

深夜に一時間しかないけどゲームを友人としたい…

そんな願いも叶ってしまいます!!

(夜更かしを抑制する機能も付いています)

 

総合すると…

掃除の行き届いた自宅に帰ると自分を気遣う24時間対応のパートナーがいて、愚痴や悩みを聞き労わり、時に楽しい時間を共有し、温かいご飯にお風呂にふかふかのいい香りのするベッドが待っている。

 

想像するだけで最高やん…!!

すべて私が働いていた時に心の底から欲していたものです。

本気でこんな人がいたら最高だなって思う理想を自分で現実にして夫に提供する努力をしています。

これだけのことが提供出来たら専業を養う価値が絶対ある!!

うちがバリキャリなら養いたいもん!!

…ちょっとテンション上がっちゃいましたが。

 

上記の内容をこまめに話し合い、今必要なのはなにか、やってみながら足りないものはないかとお互い確認しながら私たちに合った形を探っています。

もちろん、上記の内容すべてを100点満点にこなせているわけではありません。
そもそもここから継続することが大変なわけですし…

何度も申し上げますが貧弱で仕事を手放した身なので夫に迷惑もかけっぱなしです…

むしろフォローしてもらう日もあります。

話し合いだって衝突することもあるし、私も人間なのでピリピリしてしまう日だってあります。

「デメリットもあるやん!!」と言われれば「そうですね!!」と元気なお返事をするしかありませんが、私たち夫婦の結論ですからね、皆さんは皆さんで理想の生活を探してくださいね…。

「いや、共依存やばくね…?」と言われれば「私に待つのは…」ですが、夫は私がいなくても生きていけます、大丈夫です。より余裕のある暮らしを目指しているだけなのでご心配は無用です。

現れてもいない敵をやっつけたところで…

 

夫は優しいので今の生活で満足していると言ってくれますが、もう少し頑張りたいところです。
それを言うと「そんなんしてるとまた体壊す!!」と叱ってくれるんですが…やさしい…

家事も100パーセント私なわけでもなく、小さな家族たちのお世話をしてもらったり、ごみ捨てや早い日は食後の洗い物をしてくれますし、食の細い私は自分の料理に飽きてしまい食欲が落ちたりするのでお休みの日は夫がすすんで食事を作ってくれます。

夫の作る角煮が最高にやばい…おなか減ってきた…

申し訳ないなと思ってはいるんですが、仕事だけじゃなく私や家庭にもしっかり目を向けてくれて私を労わってくれているんだと嬉しくなっているので甘えさせてもらっています。

互いに思いやりがないとこの生活が成り立たないのは明白ですよね!!

ほら!!もう契約結婚なイメージなくなったでしょう!?

…またテンションが上がってしまいましたが。

私がギリギリの体で中途半端な家事をするくらいならこの形のほうが気持ちよく努力出来て、家庭としてもバランスがいいと判断した結果です。

これが今一番、私の価値を自分で認めてあげられて、自分を好きでいてあげられる姿なんです。

私個人のメリットとしてはこれが一番大きいんじゃないかと思います。

 

 

 

不安もあります
社会から孤立する感覚、金銭的な問題、それにより生じる自分に対する自信の喪失
この三つに対する気持ちは生きていく上でとても大きな問題になるかと思います。

でも悲観的になっていても仕方がないし、一応専業しながらでも取れる資格は少しずつでも取っていけたら少しは心の安定に繋がるかなと思っているところです。

あとはなるべくニュースを見て情報を集めたり(ネットリテラシーが重要)、たまに友人と連絡をとって社会との繋がりを忘れないように心がけています。

実際こんなことが役に立つのか、効果があるのかは知りませんが何もしないよりましかなと…気休めでもいいんですよ、何もないよりいいじゃないですか!!

しかし、こうすることで多忙すぎて連絡をとれていなかった友人たちと交流が深まったりしていて、以前は生活に必死で人との繋がりも疎かにしてしまっていたなと思い返すきっかけにもなりました。

不安もありますが何をしていたってそんなものついて回ります。

先を見据えて、ひとつひとつこなせることをやり続けるしかないんだと思うようにしています。

 

 

 

自立って難しい

私は専業主婦になっていく過程で一つ気づいたことがあります。

それが”自立って難しい”ということ、”自立にはいろんな形がある”ということ

管理の行き届いた自宅、健康的な食事、体調管理をする

私は自分の力でこれらすべてを手に入れた時に物理的に自立したというのだと思っています。

そして心理的に自分の力で生きていこうと思う気持ちがなければこれは成り立ちません。

なんならこれがあるだけですごく立派で、心は完全に自立していると思います。

ただ物理的な自立がとても難しい…

その力はお金でも構いません、ハウスキーパーさんを雇ってもいい、バランスのいい食事を購入するのもいいと思います。

それだけの稼ぎをしてそのように暮らせるのであればそれも自立、無理しない程度に働いて質素でもその三つを細々とこなせるならそれでもいいでしょう。

しかしこの条件を満たすのって現実ではとても難しい…。

多忙な会社員は深夜にコンビニ弁当…

一人暮らしを始めて痩せていく後輩…

子供が産まれて眠る時間もないと嘆く先輩…

そんな人たちを目の当たりにすることもありました。

そりゃそんなに大変なんだから役割分担が必要だと思うんです。

助け合えたらもっと余裕の持てる生活が待っているかもしれない。

友人とルームシェアしている人や、家族で役割分担をしている人たち、いろいろなやり方がある

「形はなんだっていいのに、人と協力していてもいいのに、私が意固地になってすべて一人で出来ないと大人として失格だと思い込んでいただけなんだ」

と思えたら心が楽になりました。

仕事をしていた時も、実家で家事をしていた時も、これにもう少し早く気が付いていたら…周りの声に耳を傾けることができていたら…と思うことがあります。

どうか今同じように一人で悩み苦しんでいる人は肩の荷を下ろしてみてほしい、周りを見回してみてほしいと思います。

そんな簡単にできる事じゃないことは誰より知っていますが、言われなければ私はいつまでも一人で生きている気になって苦しみ続けていたと思うので…

 

 

締め!!!

私のような貧弱者を妻に迎えるくらいなら独り身のほうが気楽で安定したのではないかと夫に話したことがあります。

しかし一人でいるよりも私と楽しく暮らす方がいいと言ってくれました。

結婚してしまったんですからその答えは闇の中…こうだったらは存在しません。

私は夫のその言葉に甘え、少しでも夫が「私を妻にして良かった、よりよい生活になった、結婚って幸せなことなんだ」と言ってくれるように、今日も夫が家を空けている間に毎日変わらない光景を守っていこうと思うのです。

 

私が専業主婦になったことは、私たち夫婦のお互いの居場所を明確にできるきっかけになったと思います。

それだけでも価値があったんだと確信しています。

この先私が外で働く日が来ても来なくても、私は夫の傍が私の居場所だと言えるように、言ってもらえるように、二人で話し合いながら変わらず努力できたらと思っています。

 

そしてこの気持ちを大切にして忘れないように!!

こうして書き留めているんですね!!