ううめるんのあたまのなか

子なし専業主婦の日常や脳内のあれこれを綴りたいと思います

生き辛いんやぁぁぁ。

こんにちは、ううめるんです。

何やら昨日PCの調子がすこぶる悪かったのですが何だったのでしょう…。

そのせいで更新を諦めました…今日も少し重い気がします。

私は機械に弱いのでそのうち夫に見てもらおうと思います。

それはそうと、ブログのデザインを変えてみました。

いかがでしょうか?

他の方のブログを拝見させていただいたときに、今右にあるプロフィールとかのやつ(名前は知らない)があると著者の情報が見やすいなと感じたんですよね。

実用性以外では前のデザインのほうがすっきりしていて好きなんですが、とりあえず一旦これで行こうかなと思います。

全然関係のない話をしてしまいました。

まぁゆるりとまいりましょう。

 

 

 

喋るって難しい

昨日仕事終わりの妹とオンラインでゲームをしていたのですが、ぽちぽちモンスターをやっつけながら会話に花が咲きました。

妹には比較的包み隠さず話をすることができますが、やはりある程度言葉も選びますし、相手の聞きたくない話題を避けたりします。

それ自体はいいのですが、心の中の汚い部分とか汚い言葉、暴言や暗い気持ちを吐き出したくなることがあります。

私はそのためにこのブログを始めたはずなのに、誰かに読んでもらいたいと思うとやはり好き勝手言いすぎないようにブレーキをかけてしまいがちです。

誰かを傷つけたいわけではないのですが、私の感性や言葉選びは人よりも誤解を招くことが多いようなんです。

思考を深めてしまいすぎるので複雑になってしまい、しっかり説明をしないと表面上の表現では理解されない、そして誤解を生むというのが原因かもしれません。

例えば、「子供が産まれること自体が一概に幸福だと思えないので、おめでとうと素直に思えない。」という考えをこじらせて子供を欲することができないのですが、これは相手を不快にさせる表現だと理解しています。

なので、「母子ともに無事なこと、念願叶って授かったというのはめでたいが、この子が産まれたこと自体が本当に幸福なことかは、この子のこの先の未来で決まると思う。だから親は産んだ後も精一杯子供について考え育てるべきだ。」この責任感に囚われてしまって子供をつくることに抵抗感があるのだ、というところまで説明しなくてはなりません。

これでも理解できないし不快になる方もいるかもしれませんが、私の感性なのでご容赦ください…。

これは私の過去のトラウマがそうさせているのですが、世にいう大多数、一般的な思考でないことは確かです。

私は自他ともに認める変わり者のひねくれ者です。

話して誰かに理解をしてもらえるという事はなかなかありません。

そして思考を深くまで巡らせることも大好きです。

先ほど言ったような”なぜ子供が欲しいと思うのか””なぜ産まれてくることがめでたいのか”や、”結婚式はなぜ必要なのか””なぜウェディングドレスを着る必要があるのか”など、深く考えなくてもいいようなことを悶々と考えてしまいます。

これをもっと深めていくと、結婚式をしている自分を想像して「なんだこの茶番」みたいな気持ちになります。(ほかの方の式を見てもなりません)

それに加えて人と自分の違いが面白いと感じるのでなんでも喋りたくなって、掘り下げたくなってしまいます。

ただそれをすると反感を買ったり、相手を不快にすることがあるんだと大人になって学んだので理解してくれる人以外にはしないようになりました。

ひどいときには私の意見や感覚は変わっているという理由から、異端者としてネタにされることもありとても居心地が悪くなることもありました。

きっと探せば世の中には私と同じような人もいてるんだと思いますが、私の周りにはあまりいませんでした。

多様性の時代にこの言葉はどうかと思いますが、世の中にはびこる”一般的””普通”の概念に当てはまらないタイプの人種なのかもしれません。

 

 

 

普通ってなんだ

恋人が欲しくなる、異性を好きになる、適齢になれば結婚をしたがる、ウェディングドレスを着たがる、結婚式を挙げたがる、結婚をすれば子供が欲しくなる、そもそも子供は無条件にかわいく見える…

他にもたくさんあると思います。

時代にそぐわないと分かっていますが、これらは私が実際に聞いたり言われたりして違和感を覚えた言葉たちです。

私の周りには同性の方を好きになった人が数人いますし、恋人を必要としない人もいます。

私は元々結婚にいいイメージもなかったし、ドレスへの憧れもありません。

結婚式を挙げるならそのお金で欲しいものを買いたいと思うタイプです。

そして今は子供を欲していないし、将来は今いてる小さな家族の介護をしっかりしてお別れした後にポメラニアンの子犬を迎えたいと思っています。

次の月曜日ウェディングフォトを撮りますが、実父はギリギリまで私が本当は式を挙げたかったんだと思い込んでいたようですし、今も思っているかもしれません。

以前の他の記事で書きましたが、結婚したと聞くと当たり前のように「子供はができたら大変やでー」と言われ、考えていませんというと「子供かわいいよ!!今かわいくなくても自分の子はかわいいよ!!いたほうが幸せ!!」

子供が欲しい人たちってこう思ってるらしいでー、すごいなーと話をすると「悩まなくていいんだよ!!あなたはあなたでいいんだから!!」と力説していただくこともあります。

心配していただいてるのはわかりますがそもそも悩んでない…。

女子会で「変わっている人とは結婚できない!!」というので、変わっている基準は?と聞くと「自分を常識的だと自負しているのでそれが基準!!」と胸張って言う人もいました。

実際異端者扱いされることに悩んで無理をしたこともあるんですが、今は抜け出して「私は私ー♪あなたはあなたー♪」という感性を大切にしながら生活しています。

どうして同じでいたい、同じでないといけない、となるのでしょうかね…。

 

 

 

何が言いたいかというと

理解はしていらないから放っておいてほしい。

意見交換は大好きです。

私は変わり者だと言われる自分の感性が好きだし、変わり者と言われることも嫌いではありません。

ただ否定しないでほしいし、何も悪いことをしたり道を踏み外そうとしてるわけじゃないんだからそっとしておいてほしいんです。

その思考は自由にしていただいていいんですが、巻き込むのはやめてほしい…。
でも”はみ出ることがいけない事”というのが常識とされるなら、その人の中では道を踏み外すことになっているのかもしれません。難しい…

私は人の感性を受け入れる許容が広いタイプなようなので、人を見下したり蔑んだりしないなら大体のことは「そういう感性もあるんやなぁ」と認めることができます。

私にない感性でも人を攻撃しなければ存在していいと思っています。

ただそうさせてくれない人が世の中に多いし、私は私で自分の一生懸命積み重ねてきた考えや価値観を大切にしたくて嘘をつけない…。

それでもって一生懸命考えたんだから、このややこしい気持ちをどこかに残したくて人に話したくなるんだと思います。

なのでここにながーーーーーい文章を打っているわけなんですよ。

これね、気軽に共感してもらえる感性ばっかりだったらこんな悩まなくて済んだのかと思う時があるんです。

皆と一緒に子供欲しいかわいいって言えたら、ウェディングドレスこんなのに憧れるって言えたら、終わりのない質問攻めと説得される時間はなかったかもしれないのに、世に言われる流行の顔を好きになれたらB専キャラにされなくて済んだのにとか…。

まぁこれもただの愚痴にしかならないんですけどね。

私の感性を黙って聞け、お前も話せなんて傲慢なのも分かっていますからね!!

こうやって言ってたら大体気にしすぎとか、考えすぎとか言われるんですよ。

それすらも許されねえのか、考えたくて悩む奴なんかおらんわい…。

それでもってこういう生きづらさを感じているのは私だけじゃないのも分かっていますし!!

 

そんな一般論も私も含めて全部に捧げます…

あーーーーーめんどくさい!!

あーーーーーやりづらい!!