ううめるんのあたまのなか

子なし専業主婦の日常や脳内のあれこれを綴りたいと思います

自分を見失うとはこういうことを言うのかもしれない

おひさしぶりです、ううめるんです。

夫の帰りが最近早いのでブログを書く時間が少なくなっています。

結果満たされてとてもいいなと思っているんですが、脳内アウトプットする時間減って愚痴っぽくなってる気がするのでデトックスにきました。

 

 

 

 

友人との距離感わかんなくなってる

最近あった出来事なんですが、友人が深夜に職場の愚痴をツイッターに書き連ねているのを見て「なかなか難しい問題だけど、こうしてみるのも一つの手かもしれないね」といった内容を何の気なしにリプライしました。

友人は余裕がなかったのもあってか「ありがとう。申し訳ないけど脳内を吐いているだけだから今は見なかったことにしてそっとしておいてほしい」といった内容を丁寧に言葉を選んで謝罪をしながら返信してきました。

こちらも深い意味はなく何か参考になるかなと軽い気持ちだったと謝罪し、余計なお世話だったんだな…と反省して少しへこみましたがこれをきっかけに気づきがありました。

仕事をやめてから友人との距離感がわからない…。

今まで仕事がかなり多忙で時間を作れず、人と連絡を取ったりする時間が取れなかったのもあり今やっと友人と連絡が取れるのを嬉しく思って暴走してしまいそうになっています。

しかしみんな忙しいだろうしと思い直して自制しているところです。

 

みんな忙しかろう

    ↓

重要なことだけ連絡する

    ↓

重い話ばかりになる

    ↓

愚痴を聞いてもらった感謝と迷惑をかけた罪悪感

    ↓

なにか返さなきゃ、困っていたら助けてあげよう

    ↓

そんな機会なかなかない

    ↓

ちょっとしたことでも反応してしまう

 

今回のことはこの思考回路によっていらん事してしまったなと…。

すごく正直に言うと、ツイッターのような人の目があるところに書いているんだから反応がある可能性だって考慮されてもいいのでは?と少し拗ねた気持ちにもなりましたがここだけの話にしてください。

そもそも私の周りは自分というものをしっかり持った人たちばかりなんだったなと思い出すきっかけになりました。

要するにきちんと自分で考えられるし、困ったときは自分から助けてと言える人たちなのです。

そう思って冷静に考えてみた、学生のころ彼女たちと何してたかなと…

そら愚痴言い合ったり悩みごとの相談はしてたけど、そもそもしょうもない話で楽しく会話してた時間が長かったわけで、そもそも私に対して利便性なんて求められてないよね?

逆に私だって友人に利便性を求めて付き合いをしているわけじゃないし、なんだか一人でいろいろ暴走してたのかもしれないと思い直しているところです。

 

 

 

捨てろよ価値観

夫に言われた「楽しいから結婚した。家事すごく助かってるけど、君に家事をして欲しくて結婚したわけじゃないよ。」の言葉はこういう事なのかもしれない。

仕事辞めて結婚して、社会から切り離された私は焦っていて、何かの役に立たないと!!という気持ちに苛まれがちです。

そもそも否定されて育てられた経緯もあるので他者に自分の価値を委ねがちなところがあることと、悩みとかなさそうだねと言われて傷ついた過去があるので苦労していないと失格…のようなイメージを自分にあてがい一人で苦しんでしまうこともある…。

他者には適応されません、自分にだけ厳しい。
”生きているだけで認められる””今のままでいい”といった言葉も、ゼロ点からスタートして努力した結果が今の自分なので努力を怠ればまたゼロ点になる理論で生きてきたのでそんな発想は持ち合わせていなかった…。

それによって生まれた”自分の理想像”を周りに押し付けていたのかもしれません。

仕事を辞めて心に余裕ができて視野が広がり、こういったストレスがかかったときに冷静になれるタイミングも早くなったし増えました。

これを自覚すると少しずつ成長しているのかなと思えますが自分を認めるハードルが下がってくれない…。

今のこの自分に厳しい理論だと、

楽しいと思う事だけ並んでいるなんて怠けている証拠だ!!余裕があるならまだできることがあるってことだろう!!自分がしんどいとか辛いなんて周りに関係ない!!迷惑をかけるな!!本当はやれば働けるんだろう?気持ちの問題だ!!人間やるしかない状況になればやれるもんだから今のお前は甘えているだけだ!!

これが…これがよぎる…辛い…

過去に言われたトラウマたちなんですよ…。

植え付けられたよくない価値観たち。

こいつらのせいで今の体になるまで終わりのないゴール目指して頑張ってしまったんですよ。

分かってるのによぎる…。

今の環境もそう、揉め事がなくて喧嘩しなくて平和な家庭に慣れない。

現在アラサーで人生の4分の1を揉め事と怒鳴り声の中で生きてきたので受け入れることがまだできなくて、こんな都合のいい環境が怖いんです。

幸せ恐怖症って言うらしいですよ。

私は幸福の後にくる不幸がとてつもなく大きい気がして怖くなるんです。

世の中に平穏な家庭があることを知らずに生きてきたので戸惑いがすごすぎる。

今書いてて「私の思考やべぇ…」ってなってます。

こんなの辛くてしんどいに決まってるのに…。

今これを塗り替えるのに必死で戦っています。

 

 

 

ようは

考えすぎのネガティブ思考なんですよね。めっちゃ平たく言った

世の中にはそんなに先の未来に絶望してない人もいてるんですね。

なるようになるし、その時が来ないと分からないこともあるし、最低限の備えをしておけばあとはその時の自分でどうにかするんですよね。

私が妻で、2人で楽しく会話して、毎日大好きだと伝えるだけで救われてくれる人が夫になってくれたんですよね。

わかりました。

理解しました。

あとはこの凝り固まった脳みそをほぐす時間が必要ですね。

めっちゃ時間かかりそうですが、努力をするのは嫌いじゃないし、私が心に住まわすこの暗いトラウマを追い出すことは夫の幸福にもつながるわけですから頑張れますよ!!

っていうかよく考えたらこの時点で過去のトラウマと戦わなあかん子供の時の理不尽精算できてないし十分不幸も背負ってるやん…。

私のまだ見ぬほんまもんの幸福はまだこの先にありそうですね…。